木版画のことは、何も知らないけれど、機会があったら是非始めてみたいと、考えている方。
木版画は、絵の上手い下手に関係なく誰でも何時でも楽しく作れます。
思い切って木版画の勉強をしたい方に、このページが、少しでも役に立てればと願い制作致します。
最初は、道具関連の説明に始まり更新を繰り返しながら黒白版画技法、多色版画技法へと展開して行く予定です。


道具と材料

このページでは、木版画制作に必要な道具と材料に関する知識をお伝えして行きたいと思います。
参考までに下絵、彫りと摺りに必要な用具の一覧を下に表示しておきます。

基本用具  使用目的 コメント 
 鉛筆 下絵と転写に使用  下絵には、HBかB、転写には4H〜6H位の数本を用意する。
 ケント紙 下絵制作用紙として   何度も描いたり消したりする為、強度のあるケント紙が良い。
 転写用紙 トレーシングペーパー等で下絵から版木に転写  細密な転写には、トレーシングフィルムを使用する。 
 彫刻刀 丸刀、平刀他で版木を凸版状に彫る  最初は、値段の手頃なセット購入で構わない 。
 版木 摺刷時の版として使用  現在は、版木としてシナ合板が主流で初心者にも向く。 
 バレン 木版摺刷に最重要の円盤状の摺り道具   高価だが、最初は、数千円位の廉価なもので十分。
 和紙 水性の木版摺りに使う。   純楮和紙が、最適。パルプ混入和紙は、廉価で一般的。
 顔料 墨摺り、多色摺りに使う水性絵具  透明水彩とガッシュ、日本画用水干顔料等がある。 

上記の項目を順を追って詳しく説明して行きます。

@「鉛筆とケント紙」  A「転写用紙」  B「彫刻刀」 

@「鉛筆とケント紙」
画像は、ケント紙に描かれた下絵と鉛筆、消しゴムです。ケント紙は、一般的な画用紙に比べ、下絵用紙として最適で十分な
強度が有り、何度でも消しゴムを使い描き直す事が出来ます。ケント紙であればメーカーは、問いません。値段も手頃で何処の
文具店にも置いて有ります。木版画制作には、欠かせない存在です。


木版画に限らず全ての芸術表現に鉛筆は、最も基本的で重要な画材です。
木版制作でも鉛筆で下絵を描き、トレースや版木の転写を行います。画材としての鉛筆は、出来るだけ質の良いものを
お勧めします。特に下絵や版木への転写の際は、トレーシングペーパー等を使用しますので廉価な鉛筆では、芯の摩耗度が早く
仕事が捗りません。ちなみに筆者は下絵制作には三菱ハイ・ユニのB、トレース(転写)の際は、ハイ・ユニか青いボディの
ステッドラー鉛筆で6H〜7Hを使用しています。


A「転写用紙」
右側が、一般的なトレーシングペーパーの薄口、左側の黒い筒と小さな版画に掛けてあるのが、製図用のトレーシングフィルムです。

転写用紙は、一般的にトレーシングペーパーが、使用されます。半透明のトレース専門の用紙で薄口と厚口の二種類があり、
各文具店、画材店で購入出来ます。又、この用紙は、作品の保護紙としても使えます。但し、木版画制作の上では、弱点も
有ります。トレーシングペーパーは、とても湿気に弱いのです。その為、転写に時間が掛ると紙が、空気中の水分を吸収して膨張し
転写にズレが、生じる事があります。この用紙を使用して転写する際は、その日の内にトレースを完了させる事が、大切です。
但し、大作や版数の多い作品では、転写に数日掛る事も有ります。其の場合は、製図用として使用されている「トレーシングフィルム」
を使います。この用紙は、合成樹脂で作られているので湿気の多い日でも膨張の心配は無く、時間の必要な転写の場合は、
不可欠の用具です。参考迄に筆者の使用しているものを紹介しておきます。画材店で注文すれば取り寄せてくれるでしょう。
《KOKUYO PROトレーシングフィルム880mm 両面ケミカルカット38》


B「彫刻刀」
画像左から版木刀(キリダシ)、平刀(アイスキ)、丸刀(コマスキ)のグループ。
筆者は、刀を使い易くする為に柄の部分に布を巻いてタコ糸で縛っています。又、柄の中央をナイフ等で削り、握り易く
する事も有ります。

彫刻刀は、木版画制作に最も重要な用具のひとつです。大きく分けて三種類の型が、有ります。
版木刀<キリダシ>、丸刀<コマスキ>、平刀<アイスキ>です。他に三角刀等も有りますが、この三種類の刀が、彫りの仕事の基本的な組み
合わせになります。但し、これらの彫刻刀が、一本ずつ有れば良い訳では無く、其々の型にも様々な大きさがあり仕事の内容に
合わせて刀の種類、大きさを変えて行く必要が、あります。
最初の内は、学童用の廉価な五本セットで販売されているもので良いでしょう。作品を作りながら必要に応じて少しずつ良質の
刀を揃えて行けば良いと思います。

版木刀は、版木に転写された下絵の輪郭線をなぞる様にして形を切りだして行きます。文具のカッターナイフと同型の
デザインで墨一色摺り、多色摺りのどちらにも良く使われます。筆者は、主に1.5mm、3mm、4.5mm、6mmサイズの4種類を
多様します。

丸刀は、刃の部分が、U字型をしています。版木の不必要な部分を浚う為に用いられる他に、版木刀の代わりに細めの丸刀
で形を掘り起こす方法も有ります。木版画制作も中級レベルに達したなら1.5mm、3mm、6mm、10mm、15mmサイズの5本位は、
揃えて置く必要が、あります。

平刀は主に、丸刀で浚った後に残った版木のザラザラした部分を削り取り、滑らかにする為に用います。
丸刀で浚ったままの荒れた状態のままで摺刷すると作品に余計な絵具が付いて汚れたり、刷毛の摩耗度が、早くなったり等の
困った問題が生じます。但し、作品の汚れも表現の一部と考えるならば、浚いは、丸刀だけでも良いでしょう。
また、伝統的な木版技法である「板ぼかし」の技法は、この平刀を使用します。
平等も丸刀等と同じように1.5〜15mm迄の各サイズを少しずつ揃えて行きましょう。

三角等は、V字型の彫刻等で細く鋭い線を彫る時に使用します。但し、刃の砥ぎ方が、非常に難しく筆者は、特別な用途
以外、殆ど使いません。細い線を表したい時は、全て1.5mmの版木刀で切り出しています。けれど、三角刀の持つシャープ
な線も捨てがたい魅力です。
木版表現に三角刀を駆使していた著名な版画家は、安価な三角刀を沢山用意して、使い捨てにして制作したそうです。


 A.「バレンと版木」 B.「和紙」  C.「顔料」 

A.「バレンと版木」
画像の版木は、一般的な6ミリ厚で5層タイプのシナ合板です。大きめのサイズをまとめて購入した方が、経済的です。
使う時は、自分で鋸でカットします。余った小さな版木も年賀状や名刺、小品等で使えます。
展示のバレンは、愛用のものと自作のバレン縄、そして年賀状を沢山摺る時に重宝している「ベアリングバレン」です。

バレンは、木版作家にとって彫刻刀と共に最重要の用具となります。本格的に勉強を始める方、プロの作家を志す方は、
始めから、有る程度良質のバレンを使用する事を勧めます。バレンは、直径約12センチの円盤状の物を竹皮で包んだ小さな
摺刷道具です。所謂「本バレン」には、内部に白竹の皮を綯い込んだこぶ状のごつごつした縄が、渦巻状に固定されて
入っています。
但し、購入するには、かなり高額で初学者や趣味で楽しもうと考えている方には、代用で作ったバレンで十分でしょう。

B.「和紙」
写真は、100%純楮和紙とパルプが、少量混入した和紙です。筆者は、何度も摺刷を重ねる多色摺りの場合、純楮紙を
主に使用します。用紙の原因に拠る摺刷中の見当ずれが、殆ど無く、発色の良さ、保存の問題等で信頼して使えます。
パルプ混入量の多い和紙は、本制作に余りお勧め出来ませんが、廉価なので練習用や、試し刷りには最適です。

一般的に水性の板目木版画は、和紙を使用します。和紙は、日本の文化と風土から生まれた紙で雁皮、三椏、楮等の
植物樹皮を原料としています。これらの材料を基に手漉きで製造されるので何度もの摺刷に耐えられる強さがあります。
木版画で使用する和紙には、やはり、楮を中心にした成分の紙が、多い様です。
100%楮の和紙は、紙の張り、発色、風合い等の点で最良の和紙ですが、それだけに購入価格も高くなります。
現在は、価格も手頃で摺刷作業もし易い用紙としてパルプを混入した和紙も出回っています。パルプの混入量が、多いと
価格は、下がりますが、品質は、少々下がると感じます。筆者の経験では、パルプ混入量が、20〜30%位迄なら本制作に
使えると判断しています。それ以上多い場合は、練習用として使う事をお勧めします。

C.「顔料」
画面左上が、透明水彩。左下は、水干顔料と膠(ニカワ)、アラビアゴム、そして右側が、不透明水彩のガッシュです。
ニカワとアラビアゴムは、原材料から入手することも出来ますが、液状にして壜詰めにされたものが、画材店でも
購入できます。


伝統的な手法に拠る木版画制作では、水溶性の顔料が、主に使用されます。
日本画用の水干顔料、透明水彩、ガッシュ(不透明水彩)、ポスターカラー等が、含まれます。其々の顔料の特質を
良く理解した上で使う事が、大切です。

水干顔料は、細長い透明な容器に入っています。使用する時は、乳鉢やガラス板の上で少量の水で良く練った後、
ニカワかアラビアゴムを媒体として加えます。この顔料には、防腐剤等の不純物が無いので鮮明な発色が、特徴です。
但し、チューブ入り絵具と違って一色作るにも作業が、煩雑で色数の多い多色版画には、向かない面も有ります。
筆者は、時に背景等の大きな画面や特別に強い色調を求める場合には、水干顔料を使用しています。

透明水彩は、明るい色調から暗い色調へと、透明な色を上から重ねて摺刷する技法に向いた絵具です。
顔料には、アラビアゴムが、多く混入されているので透明感のある色調が、特色です。一般的に、この
顔料で摺刷する時は、刷毛やブラシを用いて版木の上で、少量の糊と混ぜ合わせます。
絵の具に粘りを持たせ、ツブシの効いた摺りを行う為です。

ガッシュは、油絵具に近い特質を持った絵具です。被覆力の強い顔料で不透明な重ね摺りが、可能です。
但し、絵具に水分が多いと不透明性は、幾らか弱くなります。基本的に低い明度(暗い色調)から高い明度(明るい色調)
へ摺刷を重ねて行く技法に向いた顔料です。筆者は、不透明な色調を重ねるこの技法を多用しますので
ガッシュを愛用しています。

ポスターカラーは、ガッシュと同じ不透明水彩です。色彩の鮮やかさと手頃な値段で購入できるのが、魅力の
絵具です。ただ、顔料の性質等から日数が経つと色調が、やや、退色する不安が、あります。
個人的には、初学者用、あるいは、練習用として最適と、考えています。

墨は、墨摺り版画には、欠かせない顔料です。筆者は、木版画用の墨としてガッシュの黒(主にアイボリーブラック)
を市販の墨汁で溶いたものを使用しています。水は、殆ど加えません。好みの状態を維持する為に少量の水を
継ぎ足す程度です。他に木版画用として、水干顔料の黒とアラビアゴムを加えた墨も良い顔料と思います。
この顔料で作成した墨の美しさは、格別のものが、有ります。また、発色の美しさから、すり墨を硯で摺ったものを
愛用している作家もいます。
他にも、水性顔料としての墨は、多くの種類が、市販されているのでいろいろと試した上で自分の好みの墨を
見つけると良いでしょう。
但し、市販されている書道用の「墨汁」を使う場合は、注意が、必要です。「墨汁」には、絵具として安定させる為の
メディウムが、入っていません。作品を二度摺り、三度摺り摺る場合は、湿らせたボール紙又は新聞紙の間に
作品を挟み込んで保湿させます。しかし、「墨汁」だけの摺刷では周りの水分の影響で墨が、滲み出てしまい作品を
台無しにしてしまいます。それを防ぐためには、墨汁にメディウムとしてニカワかアラビアゴム又は、透明水彩、ガッシュを
加えると良いでしょう。






                                                         次のページ「用具の取扱」へ
トップページへ戻る